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ヨガのある暮らし。 Om shanti...

岡山で、シヴァナンダヨーガとボイスヒーリングの小さな教室をしています。ヨガもボディワークも、 唄(声)も取り入れて、 それからざっくばらんにお話も。 ありのままのボイスや体をツールとして、「わたし」に還るヒーリングの時間。いつだってシンプル。毎日はちいさな幸せのつみ重ね。

暮らしというもの、そのものにとても惹かれていること。

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最近ぐるぐる思っていることを

メモしたくなったので。

 

 

「毎朝決まった時間に起きて

 

決まった時間に家を出て

 

自分にできる決まったしごとをし

 

暮らしを自分で整えることをし

(料理、洗濯、掃除などなど)

 

決まった場所に帰ってくる」

 

 

 

 

これまで

 

当たり前と思っていたこと

 

決まっているものと思い込んでいたもの

 

から

ここ最近は少し離れて過ごすことが続いている。

 

 

 

 

旦那さんのご実家には

きっと流れができているであろう家族の暮らしのなかに

あたたかく混ぜてもらえることに

遠慮なしに甘えさせてもらっていることや

 

 

縁あってお世話になっている宇野で

海や島とともに暮らす環境があり

外国の方とも触れ合える機会があること

 

 

 

古民家を自分たちで改装しその途中でなんとか引越しはしたものの

まだ料理はできておらず

実際のところ数えるほどしかそこで寝ていないこと

 

 

 

慌ただしくてもそのなかで

新潟に行ったり会いたい人には会えたり時間を共有したりしていること

 

 

 

突如、旦那さんがしばらく東京に行く機会が巡ってきたこと

 

 

など。。

 

 

 

 

 

約1か月のなかで

自分の居場所や立ち位置が点々とする暮らしを送っている。

 

 

しごとの役割も様々。

 

ゲストハウスのお手伝いだったり、

ビアガーデンだったり、

ヨガ講師だったり。

 

 

 

 

 

 

決まったルーティーンのなかでカラダを整えることの大切さは

アーユルヴェーダやヨガでもたくさん学んでいたけど

 

メンテナンスにちょこちょこ取り入れながらも

そこからは少し離れた暮らしもしている。

 

 

 

でも。

 

 

 

 

自分がいろんな場所で暮らしているなかで実感していることは

 

 

「とても体力がついている」

「自然体である」

 

ということ。

 

 

 

 

 

体力というか、エネルギーなのかな?

パワー?

満たされている感じのようなもの。

 

 

 

 

 

動き続けてカラダを酷使していることも

「とても好きだ!」ということを思い出せたし

 

 

 

カラダの可能性や

動きたいときに一緒に動いてくれるありがたさも実感する。

 

 

 

 

何時に起きなければ!というのがない、のんびりする1日も好き。

 

 

 

美味しいね〜と言いながら誰かとご飯を食べることも好き。

 

 

あっちこっち飛び回ってひたすら体験することも好き。

 

 

気持ちを日記やブログにアウトプットすることも好きだし

 

 

妄想したり考えごとすることも好き。

 

 

 

しごとも好きだ。

 

 

 

 

 

「正しい暮らし」

「こうあるべき理想の暮らし」

 

みたいな

これまで自分が勝手にかぶっていた

目に見えない

一種の枠を取っ払ったような

 

 

そんな自由な感じがしている。

 

 

 

 

 

自宅以外のところで

わたし一人で過ごす時間があることの不思議さも実感する。

 

 

 

暮らしというもの、そのものにとても惹かれていることに気がついた。

 

 

 

そこに流れる空気とともにわたしがいること。

 

 

 

 

3月に行ったバリでもそうだったけど

最近の宇野生活や、旦那さんの実家での暮らしなど

 

ホテル暮らし、宿暮らしではなく

 

 

ちゃんと誰かがそこで地に足をつけている暮らしの場所(つまり家)

に混ぜてもらえたからこそ感じられたことがとても大きい。

 

 

 

 

 

本来「わたし以外の誰か」が過ごしているところに

わたしがただ一人でいることがあったり

 

 

家族の時間➕わたし、みたいな

同じ時間を共有したりするなかで

 

 

暮らしって人それぞれなんだということをつくづく思う。

 

 

 

 

 

「本来住んでいる誰か」がいない間の

「住んでいる誰か」

は見ることのできない時間。

 

 

 

そこに流れる空気感や時間、周りの景色や聞こえてくる音も含めて

その全てを

 

わたしが立ち会っているような。

 

 

 

 

…なんか変な言い方だけど。。

(家のなか探ったりはしてないしもちろん変な意味じゃない。笑

むしろ、何もしていない。。)

 

 

 

 

何をするわけでもなく

ぼーっとただ居るだけ

 

 

みたいな

 

そういう暮らしそのものの持つ時間に立ち会う瞬間があると

 

自分だけが感じている小さなワクワクがある。

 

 

 

 

そしてそんな時間に立ち会うなかで

 

 

暮らしそのものが持つ

キラキラしたものを

 

 

とてもとても感じるようになった。

 

 

 

 

「人間ほどいろんな生き方をする生き物っていない」

っていう本の言葉も

 

そりゃあそうだようなぁと

深く深く納得する。

 

 

 

 

 

本当に何気ない、

分析もできないような小さな日々の出来事が

 

 

 

どれほどキラキラしたものなのか

 

 

ということも。

 

 

 

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