節目の日、意識を「いま、ここ」に向ける練習。
今日は節分ですね!
季節を分ける、節日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日を指し、
明日の立春(春)が1年のはじまりである「新年」ともされるそうです。
一年のおわりにあたる冬が終わる節分なので、2月3日の節分は大晦日にあたるともいえますね~
カラダやこころにたまっていた毒素も、春にむけて排出されやすくなるといいます。
それを感じるかのような、昨日の夜でした。
自分のなかのとらえ方で判断し、
もやもやと悩んでみたり、
欲が出てきたり、
好きなことのなかでどうなりたいのか考えてみたり、
あーだこーだと思考がぐるぐる
きっと、知らないうちに溜め込んでいたものが顔をだしているんだろうな。
節分の意味を知ると、納得のデトックスでした。
できるだけ取り越し苦労はしないような回路で考えようと頭では意識していても、なかなか断ち切れず、の状態でした。
悩んで立ち止まってしまうのは、まだ見えない未来を想像してるから。
わたしたちが見ることのできるのは、現在のいまこの瞬間です。
なので今日は、「現在の瞬間」へ戻る練習をしてみました。
といっても、なにか特別訓練するわけではなく、遊び感覚で。
ただ、「いま見えているもの」、「いま聞こえているもの」、「いまどう感じているのか」に意識を向けることをしてみました。
日常生活のなかで、わたしたちは常に先のことを考えたり、過去のことを振り返っていると思います。
もう、無意識で。
少しでも要領がよくなろうとして、同時に物事をこなすことに慣れすぎていると感じます。
わたしもそう。
たとえば、
歩いているときに、風景はさておき、何か買うものあったっけなぁと考えていたり、
ご飯を食べながら、味や食感はさておき、天気が気になったのでスマホで調べてみたり、
話しながら、パソコンのキーボード打ってたり。
当たり前の、ながら作業です。
こんなささいなことでも、意識はもう「いま、この瞬間」にはないのです。
行動と思考が同時にない状態。
「わぁ・・・もはや、常にいまここにないや」って思えるくらい無意識で先のこと考えちゃいますよね。
料理に使うお玉探してて、見つからなくて、「絶対ここなのに、なんでー」ってなって、そしたら改めて3回目くらいみたときに、やっぱり思っていたところにあって、
自分の目が信じられませんでした。笑
他ごと考えてたわけじゃないのに、
忽然とお玉が消えてた。笑
そんなこともあるんだな、と。
だったらなおさら、意識がここにないと、物事の本質ってちゃんと見れてないんだな、
と痛感。
だから今日はもう「常に、いまここ!」を意識してみました。
久しぶりの青空がうれしかったし、
公園にも行って、節分用の動画とる手伝いもしてたので、
「いま」に意識を向けるには十分すぎるくらいの環境。
花や草や木。
鳥の声や、公園にくる人。
太陽の光も浴びて、それがうれしくて。
空もながめて。
節分用の撮影の手伝いも、鬼のお面つけての演技も。笑
なんだか楽しくなってきました。
公園で遊ぶのってめっちゃ楽しい!
小さい頃に戻る、そんな感覚。
わたしから、仲良く肩組み「一緒に写真を撮ろう」と言い出す始末。
(わたしは鬼のお面、旦那さんはおたふくのお面を装着。笑)
旦那の撮影のためなら、喜んでやります!よ!へへへ。
木が清々しく立っていたり。
お気に入りの公園だわ。
楽しかったな~。
意識して過ごしてみてわかったけど、これ、なかなか、難しいです。
どんな活動のなかにも「いま」に意識を向けること。
お風呂あがりに髪を乾かしているときなんて、ふと気づいたらどこまでも思考、思考・・・でした。
何週間先のことも、何年先のことも、
どこまでもびゅん!とひとっ飛びの思考。
そのループをとめる練習を活動のなかで練習していこう~
右脳と左脳。
右脳使って、「現在」に意識を向けるのか、
それとも、
左脳を使って、時間と時間を繋げて結びつけて先も考えるのか。
それを選べるようになったらいいな~
「立春の新しい年」のはじまりらしく、「2016年元旦の新年」に思い描いていたことにも近づく、すてきな動きも起こりました。
楽しみがまた増えますぞ!
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